2015年の備忘録
これはわたしの備忘録です。みやさかの2015年にちょっとでも興味ある方はぜひご覧になってください笑
1~2月
2/20にRettyを卒業。大失敗を経験し、本質的な仕事を任せてくれて、大きく成長できた5ヶ月間だった。Retty卒業エントリがちょっとバズった。Rettyのインターン生と卒業の思い出にマザー牧場行ったのは本当に楽しかった。
3月
とっても尊敬する方の思い出の地ということを知り、ベルギーにいったり、(ほぼ)初めて友達と海外旅行で台湾に。
4月
ついに社会人。「初速度」を合言葉に気合を入れていたが、想像以上に「仕事」に矛先を100%とはいわないけど80%すらわたしにとって向けられないと感じてしまった環境だった。これまでとの環境にギャップを感じた。
5月-9月
わたしにとってとっても安定した環境であることへの危機感が止まらなかった。このままではわたしは夢を叶えられないと感じてしまったので退職を決意。上司ともなかよくなったにもかかわらず、たくさんの方々にご迷惑をおかけしました。クライアントさんにとってもくそみたいな営業でほんとうに申し訳なかった。ただわたしはわたしの人生を生きたいと思っただけだった。
10月-11月
初めて実家を出てデザイナーとして転職。ビジネス職からの職種変更はそれなりに勇気がいったし、怖かった。でも、やっぱり組織全体の動きが目の前で見れること、その一員であるよう努力できる環境がやっぱり好きだと実感した。
12月
営業兼デザイナー→LIGブログのディレクター兼デザイナーに部署とともに変更になった。メディアを育てることは難しいけどけっこう好きってRettyの時から思ってたから嬉しい。初めてのブログが5万pv1800いいねで嬉しかった。読者はもう、有名人のすごい話にはお腹いっぱいなのかもしれないとわかった経験になった。
今年は3つの職場で仕事をし、2つの場所で生活をし、2つの国を旅し、なんだかんだ忙しい一年だったけど、悩みがこれまでと比べられないくらい大きなものが多かった。今後もキャリアのことは禿げそうなくらい悩みそうだけど、一瞬一瞬を楽しみながらもっと先を見れる人間になりたい。
以上
結局大手を半年で辞めてベンチャーに転職した私が信じている「働く」ということ10か条〜私、ほんとにデザイナーになったよ!〜
お久しぶりです!みやさかです。
ほっぺたの奥行きがありすぎすね・・・ンゴ。
4月に新卒でリクルートに入社し、実は9月末をもって退職させていただきました。そしていま、株式会社LIGというちょっと変わった会社で働かせてもらっています。
今回のブログは、私の思う「働く」ということについて書かせていただきます。転職した理由も感じていただけると思います。初めに言っておきますが、当たり前で基本的なことです。
はじめに
私は2013年、大学3年生の春から「働く」ということを知り始めました。
最初の会社では営業アシスタントを中心として、テレアポやデザインのお仕事、今や大きくなってしまった新規事業(メディア)の立ち上げなど幅広く従事しておりました。
それからインドの語学学校にて生徒のサポートやデザインのお仕事をし、帰国後はアプリの会社にてディレクターを経験しました。
全部で2年ほど、週に1度学校へいき、他の日はずっと会社にいるような(なんなら土日も会社にいるような)そんな生活を送っていました。
どの会社も色が違って、本当に面白かったです。
自分のキャパを広げられた会社、考えるという質を高められた会社、最たる自由な働き方を知った会社。
どの会社も私にとっては、刺激的で、面白くて、成長できました。今でも本当に感謝しています。
そしてこの春新卒として大手に入社。これまで働いていたところとは、働き方も、人も、もちろん違いました。半年で辞め、今はずっと憧れてやまなかったけど、一歩踏み出せなかった「デザイナー」(兼ディレクター)として、働いています。
後悔していることもあります。
私は、新卒で入る会社を選びました。そして迎え入れてくれたリクルートには、本当に失礼なことをしてしまいました。
当時30-40社ほど担当させていただいたにもかかわらず、何もお役に立てなかったこと、これは完全に私の責任です。
どんな状況状態であれ、自分を奮起させて頑張ることが、私にはできませんでした。お恥ずかしい限りです。それでも、私は辞めました。理由を直接的に書くことは控えさせて頂きますが、私が信じる「働き方」を通して感じていただけたら幸いです。
私が信じる「働く」ということ10か条
1. 月曜日が本気で鬱になるものではない
ポイントは、「本気で」です。もちろん仕事は大変で辛いことがだってたくさんあります。でも、本気で嫌だなんてこと、あるのでしょうか?自分で選んだ道、仕事です。それにこれからあと何回月曜日が来るのでしょうか。
2. お金よりも大切なものがある(若いうちは)
私の給料は転職により大幅に下がりました。笑 でも、全然いいんです。私にはまだ、守るべきものが何もない。できることもなにもない。やらなければならないのは、できることを最速で増やしていくこと。お金もらってのんびり成長なんてしていられません。この減った給料は未来への投資だと信じています。
3. 「教わる」のではなく、「やって学ぶ」のが一番速くて濃厚
私は組織の創り方やマネジメントの仕方を教わりたくて、リクルートに入社しました。今から考えるとなんたる動機だとお恥ずかしいばかりです。実際に入社してみてやっと気づきました。何事も実際にやるのが一番手っ取り早いと。過去の経験から考えてみると、いざ自分がやるとならない限り、人(私)って本気で学んだりできないんだと思います。ここでやる場合の最短距離と時間を考えました。
優秀な人に年齢は関係ないけど、絶対的に経験は必要だと思います。その経験は早ければ早いほどいいなと、大手に入って思いました。ベンチャーにいるときは、若いマネージャーやリーダーはなんだかんだ甘ちゃんでしかないのかなと思っていましたが、そんなことはないという確証を得ました。もう一度言いますが、優秀さに年齢は微塵も関係ない。
4. キャパよりも質を高める
自分がどれだけできるのか、キャパシティーを広げるのはめっちゃ大事です。でもそれって、慣れとかやる気次第なのかなと思います。とにかくこなしていく作業をするのではなく、自分の頭を使った仕事をしていかなければ、いつか機械に代替されてしまって終わりです。
5. 毎日変化がある
「毎日」です。毎日同じなんてあり得ない。そりゃそうだろってことですが、結局紐解いてみると同じ自分で同じことやってたりしますよね。退屈ですよね。それとも安定してて幸せですか?
6. どうせサラリーマンなら、会社の成長に貢献したいところで働く
うぬぼれていはいけない。私たちは、どうせサラリーマンです。ちょっと悲観的な言い方ですが、誰かの子供を1歳から数人で一緒に育てるか、80歳から大勢の人と一緒に育てる(支える)かのようなものです。そして生みの親に対価をもらう。まだ自分でやれないと私は思ってしまっているので、乗りたい船に乗るしかなくて、どうせなら好きな人が乗っている船で、共感でき納得のいく方向を目指しているところに乗った方が楽しい。
7. 仲間と争うものではない
私は今でも負けず嫌いですが、ひとつだけ変わったことがあります。それは、仲間は仲間だということが分かったことです。向かっている方向は一緒です。勝つべき相手はもっと大きくて、多分、人ではない。
8. 会社や上司の愚痴はない。あるのは意見のみ。
「愚痴」ほど不毛で無意味な会話はありません。ストレス発散できて気持ちがいいですか?楽しいですか?幸せですか?本当は言いたくないはずだし、もちろん、言われたくもないですよね。愚痴を言うことほど自分の弱さをさらけ出す行為ってあるのでしょうか。
9. 向かいたい未来へ向かう糧になる
私は、なりたい私の姿があります。野望もあります。なれると思ってます。そのために、めちゃくちゃに頑張りたいと思ってます。だって、どうせいつか死ぬんですよ。それなら辛くたって夢、叶えられた方がいいです。せめて夢に近づいている感覚が日々あった方がいい。楽して叶うなんてことは絶対にない。全然大変じゃなくて、楽で、時間があって、、。私の夢はそれじゃ叶わないって直感的に思いました。ただ、夢はないけど目の前のことを一生懸命やるってのもいいけど、せっかくならなりたい自分の姿くらいあった方がいい気がします。川に流され続けて頑張るのもなんかもったいない。
10. 恋に近しい感覚
私は、こんな働き方が叶っていると、仕事が好きで好きでたまらなくなってしまいます。おかしいですかね・・・きもいですかね・・・。ただ、幸せです。好きな人と一緒に同じ方向を見て頑張るのは、とってもとっても幸せです。小さいものを一緒に育てて大きくしていくのは、最高に面白い!
さいごに
はい。調子乗ってます…
働き方は、もちろん人それぞれです。ただ私は、人生の大半をしめることになりかねない「仕事」を最高に楽しみたいだけなんです。
おわり。
小さなきっかけの作り方。〜バリバリ営業の私がソーサルのデザイナーになれた理由〜
まず初めに、ちょっとだけ自慢させてください。
うちもソーサル行こっと😊 今から楽しみ✨ https://t.co/8z3KaDm2HT
— にいの (@Yuka0518Thubasa) 2015, 7月 4
大人になったらソーサルいこ めっちゃ面白そうだわ〜
— 稲津裕也 (@PH5S00NsaSw1HVU) 2015, 7月 4
1回でいいけん ソーサル参加してみたいwww ほんと楽しそうだ #ソーサル pic.twitter.com/9zQBX3Pl97
— りょう. (@ryo_n0907) 2015, 7月 2
たーのしかったー! #ソーサル pic.twitter.com/ld1baZpAK3
— 大友 ゆか (@yukasuke_soccer) 2015, 6月 28
今年の2月末にリリースした「ソーサル」ですが、いまやユーザー数は900人超え。もうすぐ1000人になります。
ソーサルに参加するため遥々宮城県からやってきてくれた人がいたり、ソーサルやりたいからって大学は上京しようと言ってくれてる人もいたり、、本当にユーザーに愛されてるなって思います。
参加者も日に日に増え、定員を更新することもしばしば。
当初は社会人向けにのサービスとしてローンチしたはずだったけど、実際は高校生からベテランの社会人の方まで、男女問わず幅広く使って頂いております。
サイトは全然ださいと思うし、実際ださいと言われることもしばしばあるし、なんでロゴもカタカナなんだって思われる方もいらっしゃると思います。完全なる私のスキル不足です。
ただ、私がひとつだけ意識していること。それは、「等身大であること」です。カタカナはかっこよくないかもしれない。でも私がカタカナにしたのは、変に背伸びをしたくなかったからです。ソーサルのメンバーに出逢って、想いを聞いて、私はそれをありのまま表現したいなって思いました。彼らの素直なキモチ、みんなにわくわくして、楽しくフットサルをして素敵な仲間を増やしてほしい、そんな想いを素直にカタチにしたいなって思いながらデザインしました。
デザインはもちろん、まだまだなサービスですが、それでもたった4ヶ月ほどでこんなにユーザーに愛されるサービスに成長しつつあるソーサルのデザイナーに、この営業会社で営業している私がなった小さなきっかけをご紹介します。少しずつ時間をさかのぼりながら。
①ソーサルを始めたきっかけ
@NoZOmi_0611 あ、お久しぶりです!笑 覚えてますか?笑
— 中島涼輔 / ソーサル (@nakaryo716) 2015, 1月 4
これ。笑
この怪しすぎる突然きたリプライ。ソーサルの代表からです。
実はとあるIT系の会社の面接で一緒で、その時少し話してたから覚えててくれていたそう。
②リプがきたきっかけ
当時すでにジョインしていたエンジニアの男の子が、まさに私のこのタイトルがちょっと釣り目なブログを見つけてくれたそうです。で、それを代表の中島に伝えたところ、「こいつ知ってる」となったそうです。
そしてあたかも偶然かのように、リプしてきたらしいです。
このあとすぐにみんなと会って、ジョインすることにしました。
③このブログを始めたきっかけ
インドでデザイナーをやるにあたって、貴重な経験になるだろうからきちんとログを残して発信しようと思ったからです。
タイトルは、「半年間独学で勉強をした私が、インドで(2ヶ月間)デザイナーになる」という意味だったのですが、何人もの人が、私が半年間インドに行くものだと勘違いさせてしまったらしく、かなり釣り目となってしまい、少し反省しています。はい、少しだけ。
④インドでデザイナーをやることになったきっかけ
ゆるっとインドに親しい友人と行くつもりだたのですが、突然なくなり、それでもインドに行きたかったのと、インドにいるこれまた親しい友人に誘ってもらったからです。
いわゆる人脈ってやつですね。
非常に楽しみました。詳しくは過去エントリをご覧ください。
nozomi-miyasaka0611.hatenablog.com
⑤デザイナーになったきっかけ
こちらは非常にシンプル。
2013年5月。当時インターンを始めた会社の上司に「興味があるからやりたい」と言ったからです。
私の職種としては営業でしたが、かまわず言いました。速攻でソフトを購入し、数日後にはハマりまくりました。その後一年弱、会社のデザイナーさんに営業業務の傍らで教えてもらい、デザイナーとしてもちょいちょいお仕事をするようになりました。
お分りかと思いますが、私の小さなきっかけの作り方は、発信することです。
ちなみに、デザイナーになりたいと思ったきっかけは、電車の中吊り広告で好きで止まなかったためです。無音カメラで撮影し、フォルダに入れて、こっそり眺める。そんなことをしていました。(近頃はデジタル化が進み、中吊り広告が減ってきて非常に寂しい思いをしております。)普通に考えたら、たったそれだけの理由で発信してはいけないのかもしれないです。
でも私は自信がない、自分には無理かもしれない、、そんな気持ちは置いといて、好きなのか、やりたいのか、それだけで発信してきました。
その結果がいまです。
発信して、ほんとーーーーーーーによかったなって思ってます。
あの時、発信していなかったら私はいまでも広告に憧れ、広告代理店に入れなかった自分を責め、仮に入れたとしてもデザイナー職にはなれないことを悔やみ、それでも何か行動を起こす勇気を持てなくなっていたかもしれません。
もちろん、それでも幸せになれたかもしれないし、そんなの全然わからないけど、昔から「これが好き!」ということが全然なかった私にとっては、誰かに言われたわけでもないことを好きになって、その好きなことを好きと言って、やりたいと言ってやることができた。
このことは大きな大きな財産で、これからも大切にしていきたいです。
カタチのない他人の想い、自分の想いを誰もが見ることのできるカタチにして伝えられる喜び。そしてそのカタチになったものを好きになって使ってくれる人がいる事実が、本当に本当に嬉しいなって思います。
おとなになるにつれて、こんな猪突猛進型ではいられなくなる、というのは何か言い訳にしか過ぎないような気がして。
もちろん守るべきものはきっと増えます。でもいかなる状況になろうと私はやりたいことはやりたいと言いたいし、行動に移したいし、どんなことになったって生きていける人間になりたい。
ソーサル
デザイナー 宮坂望未
最高と最低を更新し続けたい〜ベルギーひとり旅編〜
先日、ベルギーへひとり旅してきました。
理由はただひとつ。とっても尊敬していて、海外で多くの時間を過ごした前の会社のBOSSが好きな国だからです。その話を聞いて2日後にチケットを購入。5日後に飛行機に乗り込みました。
少しだけ、ベルギーでどんなことをしたか、写真とともにお伝えします。
ちなみに宿泊はAirbnbで見つけた台湾人の女の子の家でした。
-
服を着ている小便小僧に会いました
-
ブリュッセルの中心、グランプラスを見ました
-
BOSSの通っていたフルーツジンのお店に行きました。(ほんとかどうかわかりませんが、BOSSのことを覚えてると言ってました。)
-
ルクセンブルク行きました
と、まあもちろん他にも食べたり飲んだり食べたり飲んだり、美術館行ったりクラブ行ったりいろいろしました。
でも、総じてこの旅はわたしにとって普通でした。
もちろん、今回ベルギーに行かなかったらわたしはどこにも行かず、後悔する春休みを過ごしていた可能性がすごく高く、尊敬するBOSSの通ってたバーに行けたことはすごく、ほんとーに感慨深かったし、もちろん楽しい一週間を過ごせました。それに、私の勉強不足で「普通」と感じてしまったことも紛れもない事実です。
私にとっては、尊敬するBOSSにゆかりのある土地に行くこと自体が目的となっていたので、ベルギーについた瞬間に目標はほぼ達成されてしまったのかもしれません。
私が言う「普通」は、「シゲキガタリナイ」ということだと思ってください。
以下が私がこの度が「普通」だと感じた要因です。
- ヨーロッパに行ったことがある
- 滞在期間が短い
- なんだかんだ一人ではない
- 安全な国
- 言語が通じる
まあざっとこんな感じです。つまり、「経験済み」のことだらけだったのです。(実は最初から最後まで知り合いがいない中、海外でひとり旅をするのは初めてでしたが。)
言い換えると、私の人生の中で経験した最高も最低も越えていないということです。
例えば、私の経験したことのある最高と最低は(海外旅行において)・・・
- 初めてのヨーロッパ、ハンガリーに留学し、一人で10都市旅をして、とっても温かい人にたくさん助けられた経験(最高)
- ハンガリーの王宮から見下ろした夜景(最高)
- お城のようなレストランでの高級な食事(最高)
- ハエだからけの汚いお店でカレーを食べる(最低)
- 知らない人にサリーを着せてもらって、お菓子を売る(最高?)
- 水のシャワーしか浴びれない2ヶ月間(最低)
- 食事のせいでデフォルトで腹痛(最低)
- 砂漠で野宿(最低だけど最高)
- 砂漠で見た夕日、満天の星空、朝日(最高)
と、上記はすべてハンガリーとインドでの経験です。他の国で印象に残っていることは残念ながらあまりありません。
だから、今回の旅はハンガリーでのひとり旅ほど、言葉が通じなくて大変な思いをしたり、遠くに行きすぎて帰れなくなったり、初めてのヨーロッパでアクシデントだらけになることは有り得なく、インドほど未知な世界で、uncomfortableな最低だけど最高な生活になるはずもなかったのです。
付け加えるとITはすごい。Airbnbで良さそうなホストを探すこともできるし、Facebookで友達にベルギーの友達を紹介してもらえるし。すごいけど、「旅」という観点から見たらやや便利すぎる。
何が言いたいかというと、人は経験が増えるほど、上限と下限の差が広がるから、その中間に位置する生半可なものもおのずと増えてしまうのだと思います。
この中途半端はものは、人の心を動かすことはできないのだと思います。
だから、どんどん最高と最低の記録を塗り替えるような経験をしていきたい、とそう思いました。
ちなみに、この最高と最低は他人と比べられるものではないと思います。いつも市大会止まりのチームが県大会に行くことができたら、それは大きな最高の経験です。たとえ全国大会に出ているチームが50チームも存在していたとしても。
でも、人間そんな簡単にそんな決断はできないのかもしれないし、運だって巡ってこないかもしれない。だって、私だってそう思っていたなら今回一人でアフリカに行けたか、と聞かれたら多分、いやほぼ確実に行けませんでした。
だからこそ大事なのです。簡単にできないから、大事なのだと思います。
最高と最低の差を広げる。しかも色んな分野で。そうして丸がトゲトゲの丸になって、そのトゲトゲがどんどんトンガって、そのトゲトゲボールをどんどん大きくするんだーーー!!!!!(そしたらまた丸になる・・・?)
(イメージ図)
いずれにせよ、「自分の最高と最低を越え続けたい」 という新たな目標が決まった今回の旅は、意味のあるものとなりました。
実は行く前の成田でけっこう緊張してました。誰かに騙されていたらどうしようとか、飛行機墜落したらどうしようとか、スリやレイプにあったらどうしようとか、この前占いで言われたように怪我したらどうしようとか・・・その不安や心配を乗り越えてこんなにケロっとできているこの事実自体、意味のあることなのだと思います。きっと。笑
さて、余談です。
◼︎ヨーロッパのクラブでの日本人事情〜日本人女子大生のありのままの気持ち〜
ハンガリーでけっこうクラブに行っていたので、今回も友人に連れて行ってもらいました。高身長に金髪、青い目、白い肌、高い鼻・・・とやっぱりイケメンが多いヨーロッパのクラブはいいなぁと思うんです。(ちなみに私はゲルマン系の人が好きです。笑)
でもやっぱりヨーロッパだと日本人は完全なるforeignerなわけで、モテるわけないんですよね(私のせいかもしれないけど)。今回寄ってきたguyといえば、
- 微妙な年齢のおじさん
- 話してるとやたらツバの出るモロッコ人
- ちょっと臭うターキッシュ
- ヨーロッパ系でない外国人
- 背の低いヨーロッパ人
(偏見が入っているかもしれません。予めお詫び申し上げます。)
やっぱり私は外国人なんだなと思うわけです。そこで、以下に彼らを避けるコツを列挙しますので、ぜひ参考になさってください。
- とりあえず乗っておくが、目を合わせない
- 人混みに紛れて離れる
- タバコ吸いに行くから一緒に来る?って聞かれたら被せ気味で"No"と言う
- トイレに行くからここで待っててと言われて"okay"と言っておいて待たない
まあ1の目を合わせないが一番いいかと思います。
でも時に切ないキモチにさせてくれますよね、あの箱は。
ちなみになのですが、私を連れて行ってくれたチェコ人の女の子は、途中からあるベルギー人男性とすごくいい感じになり始め(悪い予感がする・・・)、その悪い予感が的中。夜中に一人でタクる羽目になったわけですが、クラブあるあるですね。ははは
さて、もう一つ余談です。
◼︎ブルージュの病院博物館
死ぬ直前の人にインタビューしたというインタビュー記事が飾られていました。
インタビューの質問項目を抜粋します。
- What are you feeling right now?(今どういう気持ちですか。)
- Tell me about your dream.(あなたの夢を教えてください。)
- Have you ever been in love?(恋に落ちたことはありますか。)
- What does it feel like?(それはどんな気持ちでしたか。)
- How does love play a role in your life?(「愛」はあなたの人生でどのような役割を果たしますか。)
- Do you have any regrets?(後悔はありますか。)
- What does the word happiness means to you?(「幸せ」という言葉はあなたにとってどんな意味を持ちますか。)
- Do you believe there is any meaning of life?(あなたは人生に意味があると信じますか。)
- What do you think of the world right now?(今の世界をどう思いますか。)
- How would you like to be remembered?(人にどう記憶される人間で有りたいですか。)
よく、「今日が最後の日だと思え」って言いますよね。だから、この質問も今元気に生きている人にも何かヒントになるのではと思いました。
最後にひとつ、実際のインタビューされた方の言葉を引用して本エントリーを締めくくります。
The key to life is the realization that there is more than one key. I have had two glorious loves in my life, that's just about the best thing. What more could a man want? It's been a wonderful, wonderful ride.
Nozomi Miyasaka
4kgの脂肪とともに私がRettyで学んだ5つのこと。
2015年2月20日にRettyを卒業しました。
去年の10月から始めたRettyでのインターンを先日終えました。職業病とも捉えられる体の増量とともに22歳大学4年生の私が学んだことを5つだけ取り上げたいと思います。
と、その前に私がRettyで何をやっていたのか簡単にお伝えします。
前の会社では、営業で常に外回りをしていたり、ちょっと前はインドでデザイナーをやっていた私ですが、今回はディレクターをやらせてもらいました。
Rettyのディレクターは、プランニング〜ディレクション〜効果測定までの一連の流れをすべてやります。インターンだって同じです。以下でも触れていきますが、私は最初の1ヶ月間はアプリ内に配信される記事作り、その後は新規ユーザーさんの継続率アップPJのリーダー、CS、キャンペーンPJを担当していたりしました。
出社頻度は週4〜6日でした。卒論もありましたが、なんとなくやり過ごし、週に1度のゼミ以外の日はほぼ出社していた感じです。ちなみに一応言っておくと、誰かに言われたわけではありません。一切。ただ、自主的に行きたかったから行っただけです。(友達がいなくてやることがないという仮説もひとつあります。)
さて、このくらいにして以下から本題に入ります。
Rettyで学んだ5つのこと。
1. 「私が頑張る」だけではどうにもならないということ
当たり前じゃないか、と吹き出してしまった人ごめんなさい。そうです、当たり前なんです。でもそれすらも私は知らなかったんです。
私は一人が好きだった。なんでもできる自分が好きでした。
だから、気づかないうちに以下のことを避けて生きてきたみたいです。
- 人と一緒に何かをすること
- 誰かに何かをお願いすること
誰かを頼るくらいなら、自分が頑張る。自分が無理をする。自分を犠牲にする。そうすることで誰かと関わってくるのを避けてきたのかもしれません。
私が卒論で扱った『碾臼』(The Millstone, 1965) のヒロインであるロザマンドも同じで、人を頼ることは大罪だと思ってしまっていたのです。ただ、それは、人に頼ることで自分が(迷惑だと思われて)嫌われることを避けたかったという気持ちも含まれていたりします。
つまり、私はただの怖がりだったんです。嫌われたくないだけの小心者だったということです。
そんな私がRettyでやったことは
- 誰かに自分のやりたいことを叶えてもらうためにお願いすること(しかも一人じゃない)
- それが週に3回くらいある
私にできないことは無数にあって、それができる人も無数にいる。だからそのできる人にお願いする。そんな単純すぎることですが、私にとっては怖いことでした。自分がただ、わがままなやつなんじゃないかという錯覚、忙しいのにうるさいなと思われるんじゃないかという想像上の恐怖。
これらはすべて私が、自分のことしか見ていなくて自分を可愛がってしまっていたから生まれた空想です。社内の人はみんなRettyのことを、ユーザーさんをHappyにするために働いていました。だから、この空想が現実になることなんて一度もありませんでした。
言い換えると、みんなの向いている方向が一緒だと、ディレクターがインターンだとしても、誰かの個人的なわがままな感情のせいで施策が実行できないなんて、そんなことはあり得ないんです。当たり前だと思います。でも、当たり前じゃない会社もあると思います。
2. 基本的に解はないということ
これまで私がやってきたことは、
- 明確な期限がある
- 明確にやらなければならないことが分かっている
- 成功と失敗が明確
こんな感じのことだったかなと思います。それは小学生から遡っても同じ。でも、今回は違いました。
- ヒントはあるが、答えはない
- なまけたければいくらでもなまけられる
- 「やるべきこと」から探さなきゃいけない
目標を達成するためになんとなくここを変えなければならない、ということはあっても具体的にどうしたらいいのか、はやってみなきゃ分からない。その具体的にどうすればよいのか=現状の「負」を見つけようとする努力を怠ればもう何も見つからない。なにをすればいいのか全く分からない状態までズドーーーーンと落下。暗闇を歩き回る、私は施策を考える時、そんなイメージでした。
光が見えるのは、施策を思いついた時ではなくて、結果が出た時。だから、デザイナーさん、エンジニアさんにお願いする時、自信なんてもてないかもしれない。でも、なんとしてでも持たなくてはならないんです。ディレクターの私に自信がなくては、誰もやる気になんてなってくれません。解なんて基本的にないから、「やりたいこと」を明確にして自信を持つしかないんです。そのためには、知識や上司のFBが頼りになります。
3. 環境が人を変えるということ
また当たり前のこと言いやがって・・・ってすみません。そうですね、よく言われる当たり前のことだと思います。ただ、私は今までこんなに任せてもらって(しかも社員対等に)自分の成長をこんなに短期間で感じたことはありませんでした。
最初に私がやってことは、アプリ内で配信される記事を書くこと。たかが記事って思うかもしれませんが、それにもデザイナーさんとエンジニアさんの協力が必要な記事でした。最初「記事を書いてみて」って言われた時、まさか実際に配信されるなんて実は思わなかったんですよね。とりあえずどれくらいできるやつなのか見てみる程度かな、なんて思ってたら、速攻で配信する予定だと告げられるし、本当に最初はRettyのスピード感についていくのが必死でした。
そんな私を、2ヶ月後には新規に登録してくださったユーザーさんの継続率をUPさせるPJのリーダーとしてアサインしてくれ、同時にキャンペーンのPJも任せてもらいました。「信じて任せる」というRettyのルールがあって、まさにそれを体現しているんです。
こんな重要な役になったことがなかったので、たくさん問題が起きました。これまでの人生で、「できなくて泣いたこと」なんて一度もありませんでした。正直に言うと、私は失敗したこともありませんでした。なんとなく頑張れば叶いそうな目標をたて、器用に叶えていく。勉強も運動もできたし、かといって地味な優等生キャラでもない。クラスの主要なグループには必ず所属している感じ。
初めて一気に大勢の人に責められてる感覚と、自分じゃどうしようもできない不甲斐なさ、できない自分を目の当たりにした悔しさ、色んな感情がぐちゃっとなって単純に「辛い」と思ったのは、初めてかもしれない。でも、絶対に負けないって思った。
逃げるのだけは、負けるのだけは、絶対に嫌だ。
この気持ちが私を成長に繋げてくれた気がします。
次のキャンペーンは大成功でした。^^
環境のおかげで成長はできる。でも、
- 任せてもらえる環境を選ぶこと
- 任せてもらえる自分になること
この二つは個人マターだと思います。
4. 細部にこだわること
プッシュ通知のたった数文字を決めるのに、1日かかったことがあります。「まじかよ」って思いました。たったこれだけのことで何も変わらないから早くOKだしてもらって他の仕事とりかかりたいよ・・・って思いました。笑
でも私が間違っていた。神は本当に細部に宿るものだと思います。
たった1mmいや、1px違うだけで人への影響は大きく変わってくるんです。
ユーザーさんはもちろんだけど、Rettyの場合は社内に対しても細部にこだわっていて、だからとっても素敵な組織なのだと思います。例えばRettyでは月に一度、社外の方との交流も踏まえ、オフィスで「イイゴハンの会」というものを開きます。このネーミング「良いご飯を食べる会」とか、「Rettyご飯会」とかだったらそのうち消滅してるんじゃないかと思います。w
たったひとつの名前だけど、「イイゴハンの会」だからこそ愛着も湧いてくるんじゃないかと。
それから行動規範やルールが一箇所だけじゃなくてトイレの壁にも貼ってあったり(笑)、社員ひとりひとりのプロフィールがオフィスの壁に写真とともに貼ってあったり、こういうちょっとしたことの積み重なりが素敵な組織を創るのだと思います。
ちなみに細部にこだわるには、相当意識が必要で、疑問を持ち続けなればならないと思います。このサイクルをいかに早くするか、それが仕事の上でも大事な力な気がします。
5. 人は温かいということ
前述したように、私は人生で初めて失敗し、たくさんの人に同時に責められた感覚を味わいました(実際には責められてはないのだけどw)。でも、たくさんの人が助けてくれました。たくさんの人が大丈夫?って声をかけてくれました。ご飯に連れて行ってもらったし、スタバの券もらったし、アイス買ってきてと言ったついでに自分の好きなの買っておいでって言われたし、その度に苦しくなった。
こんな大学生の小娘が、Rettyのブランドを汚してしまうかもしれないような失敗を犯してしまったのに、それでも優しく助けてくれるなんて、こんなあったかいことされたことありませんでした。
人はみんなライバルで、勝たなければならない。
そんな風に思っていた私だったから、人の優しさに直に触れて、私自身も人に優しくなれそうです。
素敵な4ヶ月半を、本当に本当にありがとうございました。
宮坂望未
泣いた瞬間から振り返る2014年。
今年は泣いた時間が長かった気がする。
きっと何かの節目だと思うので、その瞬間から振り返る。
覚えているものに限るけど、まあ覚えていないものはきっと大したことなかったはず。
①4月。今の内定先に内定承諾をし、大好きだった会社に入らない意思決定をした日。
新卒採用担当と、一番近くで私の成長を見てくれた上司には、直接謝った。手紙も書きました。
その後社長に長々と文章で謝罪の言葉を。
書いていると、どんどんどんどん言葉が溢れてきて、自分でもびっくりした。
申し訳ない気持ちがもちろん一番大きかったけど、でも、本当に感謝していることが自分でも改めて分かった。
ソーシャルリクルーティングという環境がなかったら、今の私はいない。
そうはっきり言える。ありのままの私を受け入れてくれた温かい人たちのいる、ステキな環境だった。今でも感謝しているし、大好きです。
②7月。人との別れ
私を受け入れてくれた人との別れはいつだって辛いものです。
タイミングというのはすごく大事で、一緒にいるべき時に、一緒にいたらいいんです。
人を憎まず、恐れず、依存せず、、つかず離れずの関係って難しいかもしれないけど、いつだって人は、あなたをそんなに嫌いになったり否定したりなんかしないものだから安心していいんじゃないかな。おとなになろっ
③9月。インドとの別れ
まあ別れじゃないかwでもインドから帰る日はすっごく泣きました。ジャイサルメールの旅を始めとして、生の感覚をたくさんくれて、人間らしく生かしてくれたインドは、もっといたかったなってその時は思いました(帰ってくるとやっぱ日本って快適だと感じていることは内緒。)バラナシで火葬場のとなりで沐浴をしている、そんな風景を見た時も、言葉にできない感覚が胸にこみ上げてきた。人っていつか死ぬんだ、そして死んだ人って沐浴してる生きている人にとって、もうどうでもいい存在なんだ、そんな風に思ったらなんだか苦しくなった。
④10月。インターン
ひとりが好きで、基本的にひとりでなんでもやってしまえばいいじゃん、って思ってきた私に大きな打撃を2度くらわしてくれました。
ひとりってなんて小さいんだ、できることも、存在自体も、なんて小さすぎるんだ、、そんな風に思った。自己犠牲は厭わない、のに、それじゃなんにもできないんだ。誰かにお願いする、誰かが手伝ってくれる、みんなで作り上げる、そんな感動が少しでも経験できた気がします。分からないことがありすぎて、自分じゃなにもできなすぎて、悔しさと、不甲斐なさと、今までの自分って違ったんだなっていろんな感情がぐちゃっとなって、二度も号泣しました。まだ3ヶ月弱しか働いてないのに。。ただ、初めてこんなに自分ってなにもできないんやって思わされて、けっこう胸にぐさっと残っている。
2015年は、、
やっと社会人。
考えろ、私の目標。いや、夢かな。
幸せな組織を作りたい。
でも一番は、幸せになりたい。ついでにみんなにも自分の幸せを一番に考えてほしい。将来お金持ちになって、夢を叶えて幸せになろうじゃなくて、いまこの瞬間から幸せになってほしい。
自分にはあれがないから幸せになれない、あの人と違うから幸せになれないとか、そうではなくて、いまの自分のままで、自分が幸せだと感じれる考え方をしてほしい。
その行動は本当に人のためですか、その自己犠牲は本当に誰かのためですか、その言葉は本当にその人のためを思ってますか。本当はどこかで見返りを求めていませんか。
心の何処かで、自分の評価を上げたい気持ち、周りへの間違った期待、そうゆうものがあるのは、もしかしたらすこし違うかもしれない。そうゆうものがあると幸せを感じにくいかもしれない。
人は人とともに生きているからこそ、人との付き合い方、自分の出し方って難しいと思うけど、人間関係で悩んでることがあったり、気に入らない人がいる場合の原因は、ほとんどすべてが自分にある。と、この一年いろんな本を読んで気づきました。
人として一人ひとりが立派で自立していて、温かくて、様々な価値観があって、みんながみんなを受け入れている、変に仲良しでもなければ、仕事だけの関係でもない、そんな素敵な組織をつくれたら幸せだなあ。
ユートピアなのかな、ってもちろん何度も思ってる。でもきっと、これができたら、あたしは最強に幸せになれる気がする。
叶えたいから、そう考えたら2015年の初速度、かなり大事なんだよね。。
女だからってゆう言葉は小学生の時から嫌いだけど、でも逆にタイムリミット決まってた方が頑張れるかも。テスト前にならなきゃ勉強できない的なあれ。
時間はない。ない、ない、ないぞ!
よし!合言葉は「初速度」!!!
今年もがんばろー(≧∇≦)♩
宮坂望未